トムという名前が嫌で、自らソルディと名乗っていた子供時代。
案外その頃から変わらず、自分の中に理想の自分像を描いていたのかもしれない。
レイドックのトム兵士長は、ある日自身の失態により辺境の地に飛ばされていった。
その後の彼の消息を知るものは誰もいない。
噂では魔物に襲われてそのまま死んでしまったとか。
たしかに早合点して城に身元不明の旅人を招き入れたのは事実だが、そこまでの罰を与えなければいけなかったのだろうか。いや、王家を、国を危険にさらしたのだから仕方ないかもしれない。
とにかく、トム兵士長はいなくなってしまった。
それと時を同じくしてか、トムを現実体とする夢の世界の住人ソルディもいなくなってしまった。こちらは完全に行方不明で、死んだのかどうかすらもわからない。
それもそのはず、ソルディはデスタムーアの作った狭間の世界に飛ばされていた。人間を奴隷として扱う牢獄の町に囚われたソルディ。
しかし彼は希望を捨てず、町の人々と協力してなんとか反旗を翻そうと計画を立てていた。町の人々の自由を勝ち取るため、自分よりもはるかに強いであろう魔物たちを相手に立ち向かおうとしていた。自身の身も顧みず、囚われた賢者を助けようともした。
主人公たちの登場によっていよいよその計画を実行に移したときも、彼は勇敢に戦った。狭間の世界の敵を相手に、ろくな武器もないなか戦った。彼がいなければ、あの計画は上手くいっていなかったかもしれない。
そんなソルディ兵士長の勇気を、活躍をトムにも見せてやりたかった……。
トムという名前が嫌で、もっとカッコいい名前にしたいとソルディと名乗っていた彼に見せてやりたかった。
トムも曲がりなりにも兵士長まで上り詰めた人物だ。強かったろう、勇ましかったろう。それでも夢の世界にいるのはやはりソルディで、比べてみてもソルディの方がきびきびと勇ましい。まだ自分に至らないところがあるとトムは思い、子供の頃夢見たかっこいい自分を夢の世界に作ったのではないか。トムはこうだけど、ソルディはこうなんだ、と。理想の自分はこうなんだと。
しかし、そんな理想のソルディがトムの中にもちゃんとあったはず。
狭間の世界に突如連れてこられたソルディは希望を捨てずに責務を果たそうと奮闘していた。それがまさにトムがなりたいと願った強く勇敢な自分なのだろう。その強さはちゃんと彼の中にもあったはず。
牢獄の町での、第二の自分の活躍を見て、自分もこうなれるはずだとわかってほしかった。兵士長までなった人が魔物にやられるなんて到底信じがたい。しかしレイドックを追い出され絶望した彼の心境を思えば、魔物に後れを取ってしまったであろうことも理解できる。だが、ソルディの勇気を思えば、それが自分にもあることに気づいていれば、そんなことにはならなかったはず。トムは最後まで主人公が王子であると信じていたらしい。ソルディならば、その一本の信念の柱を希望として生にしがみついていたのではないか。なんとしてでも生き抜いて、自分のしたことは間違ったことではなかったことを証明するために、戦い続けたのではないだろうか。トムに足りないのは、自分への自信だ。こうすることが正義だと、最後まで諦めないくじけない心だ。くじけぬこころが本当に必要だったのはトムだったんじゃないか。
牢獄の町のソルディを見れば、あんな一面が自分にもあると、自分にもあれほどのガッツはあると気付いてもらえたかもしれない、と今更ながらに思う。
トムが死んだのか生きているのかは現在に至るまでわかっていない。
もしも彼が生きているのならば、牢獄の町のソルディの強さが心に響いていればいい。そしてなんとかしてレイドックに戻ってきて欲しい。ソルディと名乗らなくても、自分の中に確かな強さがあると信じて、主人公の元で立派に務めを果たしてほしい。
(文・やなぎアキ)
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