働きたくない。
働きたくないから遊び人になったのに。
わざわざ武闘家をやめて遊び人になったのに。
己の身一つで戦うことに疲れ果て、もう世界のために一生懸命働くのは嫌だ!このままだと病んでしまう!と思い、勇者にその旨を告げたあの日。
正直ルイーダの酒場に戻されるのも覚悟で(というかむしろその方がいい)相談したときに勇者は
そうか、辛かったよね。相談してくれてありがとう。そんなに辛いなら、武闘家を辞めて転職してもいいよ
と言ってくれた。貴重な前衛要員であるオレに、そんな優しい言葉を……。ルイーダの酒場に送って別の仲間を見つけたほうが早いだろうに(というかむしろそうしてほしかった)、パーティーに残っていいと言ってくれたんだ。まぁたしかにどうせルイーダの酒場に行ってもオレが武闘家である限りはまた別のパーティーで戦い続ける可能性はあった。それならばいっそ別の職業になって勇者パーティーに留まり、あわよくば彼の名声に乗っかるのもいいかもしれない。命の危険と隣り合わせであることには変わらないが、武闘家を辞められるならありかもしれない。
そう思ったんだ。
いざダーマ神殿に行き転職するとなると、どうしたらいいか困った。戦いたくないから転職するのに、戦いのための職業ばかり(当たり前だけど)。オレは働きたくないんだ。働きたくないんだ、と思い勇者の方をちらっと見ると、
なんでもいいよ。ほら、これとかでもいいんだよ
と遊び人の項を指さし優しく笑いかけてくれるではないか!
い、いいのか!?と大声が出た。いや正直願ったりかなったりだったのだが、まさかこんなくその役にも立たない職業を勇者自らが進めてくれるとは。
オレは一応申し訳なさそうな顔をしながら、遊び人に転職した。
そこからはもうパラダイスだった。
たまにちゃんと戦うこともあったが、あくまで気が向いたときだけ。遊びたいときは勝手に遊び、やりたい放題させてもらった。ちゃんと戦わなくていいってこんなに楽なことだったんだと気付いた。やっぱり戦いなんてくそくらえだ。
ひたすら遊んで寝て遊んで食べての毎日。でも勇者パーティーの一員だから町の人からは一目置かれる。なんてすばらしい毎日。
レベルが上がるにつれて洗練されていくオレの遊び。天職だ。仲間の二人はオレが戦闘中に好き勝手していることに辟易としているようだが、勇者だけはいつも満足気にオレを見ていてくれた。オレが遊び人としてのびのび成長しているのが嬉しいかのように。
そしてその日は訪れた。
オレが遊び人として一人前になったあの日。これからもどんどん遊び人として精進していくぞと意気込んでいたあの日。
勇者はダーマ神殿にオレたちを連れてきた。
誰かを転職させるのか?とのんきに思っていたオレに勇者は言った。
じゃあ今日から賢者として頑張ってね。
そしてオレは賢者になってしまった。遊び惚けていたあの日々は唐突に終わりを告げ、武闘家だった頃よりもさらに熾烈になった戦いの中にこの身を投じた。それもそのはず、オレが武闘家だったころよりも旅は危険なものになっており、敵の強さも増していたからだ。攻撃も回復もこなせる呪文のエキスパートでもいないと旅は厳しくなっていた。それは遊び人のオレにもわかっていたが、自分には関係ないことだと思っていたのだ。
そうか、勇者はこれを見越してオレを遊び人にしたのだ。
さとりの書というものでも賢者になれるが、それはすでに他の仲間が使っていた。しかし勇者はパーティーにもう一人賢者がほしかったようだ。そんなときに都合よく武闘家を辞めたがっていたオレがいた。
レベルが上がっていくオレを嬉しそうに見ていた勇者の笑顔を思い出しぞっとする。
働きたくなくて遊び人になったはずなのに。いつの間にかこんなことになってしまった。自分が賢き者とは到底思えない。勇者の手の平の上でいいように転がされてしまった。
働きたくない。
もしこれを言えば勇者はまた優しくなぐさめてくれるだろうか。そして今度はどんな方法でオレのことを戦わせるのだろう。
(文・やなぎアキ)
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