私、いっかくウサギA。1歳。
恋したいお年頃の多感なウサギ。
みんな、聞いてくれる?
実はね、私、ずっと好きなウサギがいるの。
それはね、同じクラスのいっかくウサギBくん。クラスの人気者で、誰にでも気さくに話しかけるいいウサギよ。
彼に憧れるいっかくウサギはたくさんいて、私もそのうちの一匹。でも私はただのいっかくウサギ。彼と付き合えることを夢見ているだけの、何の取り柄もないウサギ。
物陰で彼の姿を見ることしかできないの。彼と楽しくお話しするだなんてもってのほか。彼と目が合っただけでも、あたしの心臓は激しく脈打つの。
こんな私は絶対に彼と付き合うことができないわ。
え?そんなことない?勇気を出して話しかけてみれば何か変わるかもって?
ばかね、いたずらもぐらAちゃんったら。だめなの、どうしてもだめなのよ。
だって、だって私は……。
尖ったものが怖いんだもの!!
尖ったものを見ると、どうしてもどうしても心臓が早く動いちゃって、何もできなくなっちゃうんだもの!
だから彼が私の視線に気づいて、こっちを向いてくれることがあっても、私は目をそらすことしかできないの。彼のあの大きくて鋭利で立派なツノが、私は怖くてしょうがないの。
こんなに彼のことが好きなのに!
それに、私は自分の姿を鏡で見ることもできないわ。だって鏡を見ると私が私にツノを向けているんだもの。だから私は、他のクラスメイトみたいにおしゃれをすることもできないの。いっつもぼさぼさの毛並みだわ。だから私はスクールカーストの底辺にいるのよ。
こんなあたしだから、学校を卒業しても勇者たちと戦うことなんてできないんだわ。その辺の野ウサギと同じように生きるしかないのよ。
いやだわ、ごめんなさいね、なんだかしめっぽい雰囲気になっちゃったわね。メラゴーストCったら、そんなにまごまごしないで。別に恋が叶わなくたって、人生終わりじゃないもの。
いっかくウサギ以外の種族と恋を?そうね、今は異種族恋愛も珍しくないもんね。でもだめなのよ、モーモンF。私はいっかくウサギがいいの。いっかくウサギBくんがいいの。
私のことなんていいのよ。彼はきっと、とびきり美ウサギないっかくウサギと結ばれるんだから。それが私にとっての幸せなんだわ。尖ったものが怖いいっかくウサギは、今まで通り彼の正面に回り込まないようにして、彼のことを見つめることができればそれでいいの。
私は彼の顔を正面から見れたことがないわ。いつも後頭部ばかり。それでも彼が好きなの。笑顔なんて数回しか見たことないけど、彼の笑顔が一番好きなの。彼の笑顔を見る時、いつも私は冷汗をかいているけど、それでもね。
さぁ、もうすぐ昼休みが終わるわ。私たち、もうすぐ卒業だけどずっと友達でいましょうね。そうだ、今日帰りにフロッガーさんのタピオカ屋に寄らない?
え?用事があるの?話をしに?誰に、って、こんな色々聞かれたくないか。うん、わかったわ。じゃあまた今度みんなで行きましょ、どろにんぎょうAちゃん。
──
今日もきっと寝癖がひどいわ。見えないながらもなんとかセットしたいと思っているのにね。……あら?なんだか教室が騒がしいみたい。
みんながいっかくウサギBくんのところに集まっているわ。いつもクラスの中心にいる彼を、私は遠巻きに見ていることしかできないわ。
あ、彼がこっちを向きそう。私は急いで目線を落としてうつむくの。冷汗をかいて震えてしまう私の姿なんて見てほしくないから。
……どうしてかしら、彼が私の前で立ち止まっているわ。私、邪魔になっている?どいた方がいい?その前に、顔をあげて一瞬だけでも彼の顔を見てもいい?これだけ至近距離で彼の顔を正面から見れたら、私はもう満足。そうして、尖ったものが怖いただのウサギの恋はここで終わりにするわ。ええ、そうしましょう。
私はそうやってぐずぐずしていたの。そしたら、そしたら。
……え?
いっかくウサギBくん、おかしくなっちゃったのかしら。私を、好きだって言った?ずっと好きだったって?私に、告白した?
ううん。そんなはずはないの。だって私は、私には、好きになってもらえるような要素がないもの。でももしほんとだったら?
それでもやっぱり、恋は終わりにするの。だって私は尖ったものが怖いんだもの。彼のツノが怖いんだもの。恋人みたいに見つめあうことができないんだもの。だからそう、やっぱりこの恋は、私が顔をあげたら終わり。彼と向き合って、恋か恐怖かわからないドキドキのなかで終わりにするわ。最後に彼のこと、ちゃんと真っすぐ見つめられることが、私にとっての恋の思い出。
…………よし。
……え?その頭、どうしちゃったの……?
あれから私、彼と二匹で仲良く暮らしてるの。
私忘れないわ。
みんなが彼に向けていた驚きのまなざしと、教室の後ろの方でにっこり笑うどろにんぎょうAちゃんのこと。
私も彼も、ツノはぽっきり折れてるけど、世界で一番幸せないっかくウサギのカップルだわ。
(文・やなぎアキ)
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