一年に一度の健康診断を終えた勇者一行は、各自結果を見ては一喜一憂していた。
世界を救う使命があるものは、常に健康管理に気を付けなければいけない。
「体重が随分減っているわ!」
「そりゃあ背が縮めばその分減るだろうが」
「ダーハルーネでケーキを食べすぎてしまったようですわ……」
「あら、セーニャちゃんも?ダイエットするしかないわね~」
「む……視力が落ちているな……」
「グレイグも寄る年波には勝てないのかしら。……ロウ様、そんな隅の方でどうされたんですか?」
ギクリと肩をあげたロウは、恐る恐る振り返るとぎこちない笑みを浮かべた。
「わ、ワシも若い者にはまだまだ引けを取らないと思っていたが、そうもいかないようでのー!」
またまたご冗談を~と笑う一行。デルカダールの健康管理センターから出ると、カミュが一度大きく伸びをして声を張り上げる。
「よし、健康診断で朝から何も食ってないんだ。今日は昼間っから酒場でビールでも飲もうぜ」
そんなことしている暇なんかないでしょ、とベロニカが言いつつも、行きたくてたまらないという顔をしていた。
「いいのでしょうか、まだ旅の途中なのに」
心配そうに呟くセーニャの肩をぽんと叩くと、いつものように勇者が皆を酒場まで先導していった。彼が決めたことであれば問題ないだろうと、セーニャも軽い足取りでついていく。
ロウの足だけがやけに重たかった。
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酒場に入り、いつものように注文をする。ベロニカだけはどうしても酒を飲むことが出来ないが、他は全員ビールを飲んでいる。今回もそうであろうと、カミュが手をあげ店員を呼んだ。
「すいませーん、ビール7つと……」
「いやワシは……!」
注文をロウが遮った。思わぬ展開に全員やや驚く。
「ハ、ハイボールで……」
さらに一同は驚いた。
ハイボールだなんて、頼んだこともないはずだ。一体どういう風の吹き回しだ。そもそもこの酒場にハイボールはあるのか?いや、あるか。
「あ、あとあたしはオレンジジュース」
動揺しながらもベロニカが注文を終わらせる。店員が立ち去ると皆一斉にロウに詰め寄った。
「どうしちゃったんだよ、いつも最初はビールだったじゃねぇか」
「急に好みが変わっちゃったの?ロウちゃんったら」
「そういえばロウどの、さきほどから元気がないようですが……」
「た、たまにはワシだって別のものを飲みたくなるんじゃ!」
動揺が見て取れたが、すぐ注文の品が来たためこれ以上の追及はやめることにした。珍しいこともあるもんだ、そのカミュの一言で収束した。
乾杯を済ませると、各々好きなものを注文し始めた。定番のメニューを注文していくなか、カミュがおすすめメニューが書いてある黒板を指さす。
「白子と牡蠣の鍋だってよ!ナギムナー直送の新鮮な食材を使っていますって書いてあるぞ、せっかくだからこれも頼もうぜ」
「いいわね!せっかく健康診断も終わったんだもの、少しくらい贅沢しなくちゃね!」
シルビアもノリノリで鍋を人数分注文しようとする。
「このお鍋を、8人前……」
「いやワシは……!」
またもやロウが注文を遮った。一同の視線がロウに注がれる。
「ワシは、鍋はいらんから、海藻サラダを代わりに頼もうかの」
ざわつく勇者一行。酒を飲む場でサラダを食べるなんてこと、一切しなかったロウが……。勇者がなぜそんなことをするのか聞こうとしたとき、マルティナがそれを引き止めた。
「海草サラダよ。おそらくロウ様、実は気にしているんだわ……自分の髪の毛のこと……」
小声でささやく彼女の真剣なまなざしを前に、勇者は「いやそれはもう手遅れでは?」とは言えなくなってしまい、頷くしかなくなってしまった。
出てきた鍋と、それに合う日本酒をカミュとグレイグが楽しんでいるのを羨ましそうに見つめるロウ。グレイグがいくら「飲みますか」とすすめても、頑なに盃を受け取ろうとはしなかった。
ただ少し眉を下げて、早々にホットウーロン茶を飲んでいるだけだった。
ロウの様子に彼らは疑問を抱いたが、理由を決して語ろうとはしない彼をそっとしておくことにした。
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そんな努力も虚しく、ある日突然足の激痛に苦しむロウを見た時、グレイグだけはその意味を理解した。
これが若者と中年の壁である。グレイグもこの先を案じ、プリン体とアルコールの過剰摂取は控えるようになった。
みんなも痛風になりたくなかったら、普段から尿酸値には気を付けよう!ナギムナーの痛風鍋には気をつけようね!
(文・やなぎアキ)
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