先日、えぐいことをしてくるボスについて書きました。
その際にフールフールを選んだのですが、そのときにこの話はもっと深く考えたいなぁと思ったので、改めて取り上げさせていただきます。
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フールフールはドラクエ11に登場するボスです。
登場タイミングは、崩壊後の世界。
仲間と離れ離れになり一人ぼっちになってしまった勇者は、デルカダールの英雄グレイグと共に仲間を探している最中でした。場合によってはロウとはもう再会しているかもしれません。
そして道中、シルビアと再会。魔物に襲われていたバハトラを送るためプチャラオ村に行く勇者たち。村は暗い雰囲気に包まれていました。
その原因がフールフールです。
彼は魔王ウルノーガの手下で、プチャラオ村の人々にこのように持ち掛けます。
一番大切なものを差し出せば、それだけ助けてやろう、と。
それを聞き、一番大切なものや人を差し出す人々。すると彼は村人たちの一番大切なものを奪っていってしまったのです。
こうして絶望の底に叩き落される村人たち。
これ、第三者からすると「なぁに引っかかってるんだよぉ!」と思います。魔物の言うことなんて信じるな、そんなもの大切なものを奪い取る方便に決まっておろうと。なんか適当なもの渡しておけ!と。騙されてんじゃねー!と。バハトラだけか、引っかからなかったのは!
しかしこの間改めて考えたとき、ふと思いました。
「いや、騙されるとか騙されないとかじゃなくて、大切なもの、差し出しちゃうかも……」と。
村人たちが置かれた状況を考えると、私ももしかしたら一番大切なものを差し出していたかもしれません。
命の大樹が崩壊し、世界中の人たちは不安に包まれています。いつこの世界が終わってしまうのか、いつまで生きていられるのか、それがあのときの状況です。
そんな中魔王の手下であるいかにも強そうなモンスターが村に入ってきます。それだけでも、命の危機を感じるでしょう。自分の命の危機と一緒に、大切な人の命の危機も感じるはずです。
そんな村人たちに魔物は言います。
「一番大切なものを差し出せば、その命は助けてやろう」
命の大樹が落ちて、絶対に安全な場所などなくなってしまいました。いつ魔物に襲われるかもわからない毎日で、魔王の手下という自分たちでは到底かなわない魔物が村に入って来てしまった。そして言われるこの一言。
命の大樹が落ちるという天変地異を目の当たりにした人々は、一番大切な人だけは守りたいという思いの中生きていたでしょう。バハトラなんてまさにそうです。いつ失ってしまうか分からないからこそ、最大限に守りたいと。そう考えているからこそ、藁にも縋る思いで差し出してしまうかもしれません。そもそもあの体躯のドラゴンを前にして、色々と疑う余裕なんてありません。
それに、もしも「これは大切なものを奪っていくための方便だろう」と思ったとしても、バハトラのように別のものを差し出す勇気も私にはありません。間違っていれば、大切なものを失ってしまうことになるのですから。そしてこのときの後悔はとてつもないことになるでしょう。少しでも疑いの念が芽生えたとしても、不確かなそれに賭けるより魔物の甘言を信じたほうがましな気がしてしまいます。自分でトロッコのレールを切り替えるより、切り替えずそのまま成り行きを見ている方が精神的負担は少ないと思うのです。
これがこのフールフールの提案の真に嫌なところだと思います。素直に従ってしまうことも十分にあり得て、よく考えて疑ってかかったとしても、それに反する勇気を持つことは難しい。大切であれば大切であるほど、がんじがらめにさせられます。
加えてフールフールは丁寧な敬語でこちらに接してきます。それは不気味でもありますが、知性を感じ話が通じるのでは?という誤った判断を招きそうでもあります。ウルノーガの部下なだけあります。人間のことがよくわかっている。
そして、だからこそバハトラが息子を守るためにした決断がすごいです。フールフールだけではなく、息子すら欺いて、息子に恨まれようとも大切なものを守れるのならと下した決断。絶対の確信なんてなかったはず。でも絶望の世界だからこそ、後悔のない選択をする勇気が必要です。魔物におびえて成り行きを見届けるのではなく、自分が選んだ道を行くのが。
ちなみに、じゃあ結局どうすればいいんだ?と考えたところ、至極簡単な結論に達しました。
戦えばいいんです。戦って勝てばいいんです。弱いから奪われるのなら、強くなればいいのです。勇者とグレイグはそうやってデルカダール城を奪還しました。
なので一旦体を鍛えようと思います。
(文・やなぎアキ)
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