隣町で、卵が1パック128円の大特価をやっているというので、行ってみることにした。
自分は結構、卵が好きだ。
高タンパクだからという理由でよく買うようにしていたが、これが割と口に合う。
スクランブルエッグとか目玉焼きとか、そんなに手間をかけている訳でもないのにそれなり以上に美味しいおかずが出来上がる。
卵はコレステロールを含むので敬遠しているという方も多いのではないでしょうか。現在出回っている卵1個の平均的な重さは約65g、中身は約55gであり、その中のコレステロール量は約250mgです。日本人の平均的なコレステロール摂取量は300mgですから、それに比べると卵1個から摂取されるコレステロールは確かに多いといえましょう。
こういった統計もあるけど、自分は大丈夫だと思う。モンスターだからだ。
困ったら自分には進化の秘法もあるし、美味しいと思いながら食べられるものが一番身体にいいと聞いたこともある。
……自分に甘過ぎるだろうか。
でも、卵を食べるのはやめられなかった。
なんなら卵かけご飯のおかずに、ゆで卵を選んでもいいな、と思える。
ロッキーの真似して生卵を一気飲みしたけど、それはちょっと無駄だなって思った。
板東英二の動画を、YouTubeで漁ってみたこともある。
そんななか、隣町のスーパーで卵が1パック128円だと耳にしたので、わざわざ足を運んでみようと思ったのだ。夕陽で赤く染まった、見知らぬ商店街。どこか孤独だった。
家で映画ばかり見ているからか、あまり遠出はしない。
正直、隣町がどんな街なのかも知らない。
ここに越して来てからの自分が、あまりにも行動的でなかったことを、少しだけ恥じた。
お目当のスーパーは、すぐに見つかった。
賑やかで明るい音楽が、余計に自分を独りぼっちにする。
店員さんがキビキビと働いているのが目に入った。清潔感もある。良いスーパーだと思った。
豆腐売り場と野菜売り場の間に、卵売り場があったが、1パック128円の卵はなかった。
誤報だったかな?そんなに安いわけないかな?
そう思ったが、入り口付近に特売品のコーナーがあったことを思い出す。
──あそこか。
ふ、と自嘲気味に笑う。
キョロキョロしていたくせに、大切なものを見落としていた、と。
……あった!
卵だ!ちゃんとした良いブランドの卵だ!
たしかに、これは安い!!
「お一人さま一パック……?」
どういうことだろう、これは。
そうか……買い占め対策か。考えたものだ。
たしかに業者や欲張りな人に買い占められたら困るからな。
それも頷ける。
シンプルで的確な対策だ。
ところで自分は一匹なのだろうか、一人なのだろうか。
ちゃんとこのパックを手にする権利はあるのだろうか。
せっかく来たのだから、絶対にこれは買って帰りたい。
すると、ベビーカーを押した子連れの夫婦が卵を見つけて近づいて来た。
「安〜い!」
奥さんが声をあげる。
そりゃあそうだ、これを買うためだけに、自分はわざわざ40分も歩いてこの街まで来たのだ。
なにも知らずにスーパーにきて、この恩恵を受ける貴女が、少し羨ましい。
三人の子供と旦那さんが、興味なさそうに近づいてくる。
彼らはこの安さ・素晴らしさがわからないのだろう。
奥さんが、嬉しそうに卵をカゴに入れる。
「6パックも購入しているだと……?」
なるほど。
子供と旦那さんと自分、そしてベビーカーの赤ちゃんも入れて6パックか。
いや、歩いている子供は良いだろう。
幼稚園児くらいだろうか?これは一人に数えても良いと思う。
でも、赤ん坊はどうだろうか……?
飛行機でもちゃんと一人分のチケットを購入するのか?
ちょっとズルくないだろうか。
この夫婦が苦労してここまで来たのなら、まだなんとなく許せる。
でも、たまたま見つけただけで、急に6パックも買う?
トイレットペーパーとかじゃなく、生鮮食品だ。
腐らせずに全部食べるというのか。
……悔しい。
自分も家族を連れて出直そうか。
「Wow...天涯孤独の身なんだった」
今まで、これほど悲しい気持ちになったことはあっただろうか。
もはや恥も極まったな!
どちらにせよ、もう遅いわ。
……こう叫びたくなる。
自分は楽しそうに去っていく夫婦の背中を眺めるしかないのだろうか。
否。
まだ何か、やれるはずだ。
自分のポケットには、進化の秘法が入っていた。
おもむろに、取り出した。
「どうしても2パック欲しい……!」
そんな思いだけで、進化した。
これで2つの顔を持つことになる。これなら赤ん坊を一人として数えるのと大差ないのではないだろうか?
顔の数が2倍になったのだ、食費も2倍なるかもしれないというリスク(まだお腹が空いていないからわからない)を差し置いて進化した自分を、ここのスーパーはどう解釈するのだろうか。
もし顔が2つあっても2人に数えてくれないのだとしたら、さっきの家族のことも説明してもらわなくては納得がいかない。
卵2パックをカゴにいれて、レジへと向かう。
正直、自分は鶏肉とか野菜とかも混ぜておきたいタイプだ。
「え?特売品だけ買いに来たの?」
と思われるのが、イヤだからだ。
でも、今回はレジで揉めるかもしれない。
いやきっと、揉めるだろう。
なんなら自分のプライドのために「じゃあ2つともいりません!」と言い放ち、スーパーを出ていくかもしれない。
その場合、店員さんが棚に戻すのは卵だけであるべきだ。
だからこそ、卵2パックのみをカゴに入れて、私はレジに並んだ。
ダメで元々。
少しでも疑問提起できれば良いと思った。
隣町とはいえ、徒歩40分もかかるスーパーだ。もう来ることもないかもしれない。
「え……?普通に2パック買えた……?」
ちょっとした驚きだった。
この理論が通るなら、この姿の時、映画館では2人分のチケットを買わなくてはいけないことになる。
いや、Amazonプライム・ビデオ派だからそれはいいとして……。
え?いいんだ?
やまたのおろちが来たら、5パック買えるってこと?
それってどうなの?
いや、自分は断じてクレーマーではない。
だから、このスーパーの緩い感じを享受して、悠々自適な卵ライフを楽しませてもらおうと思った。
細かいのは、自分だけなのだ。
そっと、進化の秘法を使った。
「色違いになれば、もう2パック買えるよね?」
そうなれば、4パック持って帰れることになる。
卵富豪だ。
さっきの家族は何人もいたから結局一人につきそれなりに限られた数の卵しか行き渡らない。
しかしこちらは天涯孤独飲の身。
4パックを一人で堪能させてもらおう。
「お客様……先ほどご購入なさった方はご遠慮いただいておりまして……」
「……え?」
買えなかった悲しさよりも、こんなくだらないことで指摘を受けた自分が急に恥ずかしくなった。
「こんなに色が違うのに……」
「なんでバレた〜〜〜!」
考えてみればわかることである。
こんな見た目の客、自分くらいなものだ。
デスピサロさまかエスタークさまがご近所にいるなら兎も角……。
穴があったら入りたかった。
穴を作ってでも入りたかった。
でも逃げ場はなく「はい、スミマセン……」と力なく言うしかなかった。
このままだと、泣きながら40分もの道のりを、歩いて帰らなくてはいけない。
調子に乗りすぎたのだ。
確かに、色が違っても他人は他人。
あんなのズルでしかないのだ。
しかしそれでも、モンスターとしての矜持が、このまま帰るのを良しとしなかった。
やられたままで、帰れるか。
まだ、やれる。
一瞬躊躇はあった。
でも、一瞬でしかなかった。
一呼吸おいて、自分は退化の秘法を使った。
早速レジに並ぶ。
カゴには、大特価の卵、1パック。
「買えた……!」
完全に詐欺じゃないか、という良心の呵責を敢えて無視した。
いいのだ、自分は所詮モンスターだ。
人間に害をなすという点では、クレーマーよりもひどい存在だ。
だから。
だからこそ。
ここは、精一杯、笑ってやろう。
渇いた頬を、一筋の涙が流れていった。
この感情は一体、何なのだろう。
こうして3パック目を手に入れて帰った自分が、どれも賞味期限翌日の卵パックだと知るのは、翌朝のことである。
(文・OGTキシン)
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