冒険をしていると時折出会う、いいことを教えてくれるスライム。
彼らはこう言う。
「プルプル、ボク悪いスライムじゃないよ」
これを聞くと、
そうか、こいつは他の魔物とは違って、悪いやつではないんだな。ではこらしめるのはやめよう。
という気持ちになる。
だがちょっと待ってくれ。
悪いってなんだ?
悪くないってなんだ?
悪いものではないという自己紹介
何を持って善とするのか悪とするのかというのはなかなか難しい。私も自分のことを悪い人類だとは思ってはいないが、果たして本当にそうなのか。もっと客観的に見たとき、もしかしたら私は悪なのではないか。はっきりと善だとは当然言えない、さらには悪でもないとも言い切れない。
あなたは自己紹介の時に言えるだろうか?
「はじめまして、私は悪い人類ではありません。」
なんだそいつ、むしろ友達になりたい。
しかし現実にはそんなことを言うやつはいない。変人扱いされるからという理由はもっともらしいが、そもそも誰しもが自分が善なのか悪なのかがわかっていないからだ。
善悪には明確な物差しがない。それ故に我々は自分は悪ではないと言い切れないのだ。
悪くないスライムとは
自分が悪だとは言い切れない人がほとんどな中、スライムは自分は悪ではない!悪いスライムではないんだ!と言い切る。
「ボク悪いスライムじゃないよ!」
なんとアイデンティティが集約されているかなり深いセリフなのだろうか。
自分が善なのか悪なのか忘れてしまった地獄の帝王に比べるとよっぽどしっかりしている。
ではなぜスライムは自分が他とは違う、悪いスライムではないと気付いたのだろうか。
それを考えるにはまず「悪い」とはどういうことか?を考える必要がある。
ドラクエ世界において悪いやつと言えば、魔王とその部下たる魔物たちといえる。しかしそれは本当に「悪いやつ」なのだろうか。この場合の「悪い」は、人間側から見ての悪いだろう。むしろ魔王側からみたら、自分たちがやっている事は悪いことではなく良いことだ。
たしかに魔王側が自ら悪だと宣言することはあるだろうが、それはやはり人間側から見たら俺たちは悪だろう!ふははははは!というわけであって、彼らは彼らの正義に従って活動しているはずだ。
彼らにとってしてみれば、人間側、勇者たちの方が悪いやつらなのではないか?だって自分たちにばっさばっさと斬りかかってくるのだから。
いや俺たちが魔物を倒しているのは、奴らを放っておけば人間に害を及ぼすだろうからだ。だから先手を打って倒しているんだ?そんな言い訳が通用するか。実は優しい個体だったらどうするんだ。
魔王や賢い魔物くらいになれば、自分たちという存在が人間たちにとっては悪であることは理解できているだろうが、スライムのような末端も末端の雑魚にとっては人間たちの方が悪である可能性もあるわけだ。
しかもスライムのような雑魚であれば、正義と悪が表裏一体であることまで頭が回らないはずだ。自分たちに反するものは須らく悪いやつ!と決めきっていても不思議ではない。
このようにもしスライムが人間たちを悪いやつだと思っていた場合、「ぼく悪いスライムじゃないよ!」という発言はおかしいかもしれない。
スライムが人間たちのことを悪いやつだと思っていた場合、彼らを真っ向から否定していることになる。
だが、むしろ真っ向から否定している可能性もある!
つまり、学校の不良グループが気弱そうなクラスメイトを捕まえて
「おいお前、今からあのコンビニで万引きして来いよ」
と凄んだところ、
「ぼくは悪いやつじゃない!そんな相談には乗れないぞ!」
と言うようなものだ。
そう思うと「ぼく悪いスライムじゃないよ!」が非常にかっこよく思えてくる。
しかも「いじめないで!」まで言ってくるスライムもいる。嫌なことは嫌と言える、自己主張がしっかりできる立派なスライムだ。
「いやいやいや、でも大抵スライムは良いことを教えてくれるじゃん。だからその解釈はおかしいよ」
そんな声が聞こえてきたぞ。
だがこう考えられないだろうか。
「ボクは悪いスライムじゃない、お前らとは違うぞ!だから悪いやつであるお前らであっても、ボクは有力な情報を教えてやれるぞ!どうだ!」
という感じだ。
先ほどのクラスメイトの例だと、
「僕は万引きをやれだなんて相談には乗らないぞ。あと来週からの期末試験の予想問題、まとめておいたから、お前らも先生に目を付けられたくなかったら帰って勉強でもしておくんだな」(問題集を地面に投げ置く)
めっちゃかっこいい気弱そうなクラスメイト。一目置きたい。
こんな風に、確固たる自分の意思を貫き通してくるスライムに対して、勇者たちは攻撃することなどできないだろう。有力な情報までくれるスライムにぼそぼそとお礼を言い、すごすごとその場を離れることしかできないはずだ。
並のスライムであれば、仲間たちを非常に切り捨てていく勇者に出会ってしまったら「ひぃぃぃぃ、あっしも勇者さまたちと同じですぅ。悪いスライムですぅ」となるのが関の山だ。
悪くないスライムは毅然と立ち向かっていた
「ボク悪いスライムじゃないよ!」
と主張してくるスライムは、勇者という巨悪に立ち向かうべく勇気を持ったスライムだったのだ。
かっこいいぜ、悪くないスライム。
んなわけないだろ、と思った方。私もそう思います。
(文・やなぎアキ)
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