長く旅をしていると、常に宿屋に泊まれるわけでもないだろう。野宿するときも多いはずだ。
野宿するときにインフラが整っていないと嫌だ、とわがままを言う旅人はいないだろうが、それは旅をする覚悟が旅人にはあるからだ。
しかし、生まれたときから恵まれた環境にあり、そのままの環境でこれからも過ごしていくのだろうと思っていた人が、急に野宿をすることになったら多少のわがままは出てしまうはずだ。
トロデーンの王・トロデは、城が棘に覆われて、自身と愛娘にも呪いをかけられたとき旅に出ざるを得なかった。
王族として城で過ごしてきた彼にとって、野宿は辛い以外の何物でもなかっただろう。町の宿屋でゆっくりと食事をし、暖かなベッドで眠ることができれば、また違ったかもしれない。しかし彼は魔物の姿に変えられてしまい、人々に石を投げつけられてしまうようになってしまった。目にいれても痛くないほど可愛がってきた娘も馬に変えられてしまい、町の外で野宿をするしかなくなったのだ。
初めての野宿は不安でしかなかっただろう。あれがないといやだ、これがしたい、どうしてこんな目に。
主君と姫の身を案じ、宿屋を抜け出した近衛兵はさぞかし翻弄されたことだろう。
「いやじゃ、わしはウォシュレットがないと出ないぞ」
「こんな粗悪で不味い食事なんかいらんぞ」
「ナイフとフォークはないのか、手掴みで食事なんかできるか」
「柔軟剤の匂いがしない枕でなんか寝られない」
「Wi-Fiはないのか」
「テレビ見たい」
主君のどの要望も叶えられないことに、近衛兵はがっくりときただろう。一刻も早く元凶を倒し、元に戻して差し上げなければ。そう心に誓ったはずだ。
しかし、旅は思いの外長引き、野宿の回数も増えていった。王に王の生活をさせてあげられない、そんな焦りが募っていく。
だが人には適応力というものがある。野宿を重ねるうちに、トロデ王もたくましくなっていくはずだ。
「用を足したあとはこの葉で拭くのがいいぞ。あっちのはダメだ、尻が切れる」
「この草は根の部分が旨いんだ。土の質にもよるがの」
「大丈夫だ、右手で食事をすればいいんだ。左手はだめだ」
「最近のお気に入りはこの石、この窪みが頭の形にあうんじゃ」
「わいふぁい......?」
「月の動きをずっと見ているのが面白いんじゃ」
もしこんなことになってしまったら......。姿が戻ったとしても、それはもう元のトロデ王ではないかもしれない。
元に戻ったあとも、立派なキングサイズのベッドに石を持ち込んでしまってはまずい。
だからなるべく早くクリアしようとしている人が現れるのかもしれない。俗に言うRTAとか。
葉で尻を拭くトロデは、誰も見たくないものな。
(文・やなぎアキ)
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