プレイステーションのゲームというのはすでにレトロゲーに入っているのだろうか。どうしてもその現実を受け入れられない。しかし、「ファイナルファンタジー8、懐かしい~」と思いプレイを改めてし始めた自分がいるので、現実を受け止めるべきなのかもしれない。
数年前、唐突に思い立つ。
というわけで、2013年頃の比較的暖かな日に私は
「FF8でも久しぶりにやってみるか」
と思い立ち、FF8を最初からプレイし始めた。PS2で。
なぜそう思うに至ったかはさっぱりわからない。ただとりあえず、プレイしはじめた。ちなみにプレイステーションはすでに壊れてしまっていた。
今現在、アルティマニアは残念ながら手元にはないが、ネットの情報を駆使して非常に快適に進めていた。昔はよくわからなかったジャンクションも、今となっては何の問題にもならない。初プレイしたあの頃の自分とは、数十段も高みにいるのだ。ただ一つ昔の私と変わらないのは、カードがひどく弱いということだけだ。カードが弱い、この事実は私をFF8劣等生にしたてあげた。だが別に、カードなんかできなくても快適にゲームは進められる。
あっという間にD地区収容所。
いかんせん細かい小ネタが多いFF8。だがネットは偉大だ。特に取りこぼしもなく、一枚目のディスクを終えた。
ウィンヒルのラグナのイベントをちゃっちゃか終わらせて、さっさと次に進んだ。
魔女暗殺に失敗したスコールたちが、収容所にとらわれている。私の手で救ってやらなければ。
スコールは、収容所の所長から拷問を受けている。なんてこった!SeeDの秘密を言わせようとビシバシやられている!助けなければ!急ぐんだ、ゼル!
…………。
私の記憶はここで終わっている。
そう、私は急にFF8をプレイすることをやめたのだ。このタイミングで。理由はわからない。多分、飽きたんだと思う……。
そして月日は流れた。
その後の私は、FF8のことなど忘れて、代わり映えのしない日々を送っている。朝に起きて、夜に寝る、そんななんてことのない日々を送っている。
しかしふと思う、今私がこうしている間にも、D地区収容所(もしくはプレステのメモリーカードの中)でスコールは所長から拷問を受け続けているのではないか?
何度嘘をついて世界を花でいっぱいにしても、何度人生をあきらめて所長に臭い息を吐きかけられても、仲間は助けに来ない。時間も月日もわからず、永遠のD地区収容所に囚われてしまったスコール。
永遠に閉じ込められてしまったスコールを救うすべを持っているのは、恐らく私なのだろう。しかし私にはそれができない。私は時の流れに身を委ねて生きている。そして、時の流れは、私にスコールのことをすぐさま忘れさせる。私には、こうして時折スコールのことを思い出すことしかできない。その思い出を持続させればあるいは彼を救えるかもしれない。しかし、思い出したその瞬間から、それは過去になり、過去は忘却され、また幾日も過ぎゆく。
哀れなスコール。彼が所長の拷問から逃れられる日は来ないだろう。唯一逃れられる道があるとすれば、それはメモリーカードの破損だ。しかしそれは彼にとって救いなのだろうか。例えもう拷問されなくなるとはいえ、メモカの破損は彼自身の消失だ。そんな結末は、少なくとも私は望んでいない(他のゲームのデータも消えるし)。
ほとんどの場合、私は拷問を受け続けるスコールのことを忘れて生きている。未来の私がそのデータをメモカから削除するのが先か、メモカが破損するのが先か。それは神のみぞ知る。それまでどうか、耐えてくれ。
(文・やなぎアキ)
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